働くことの適性、自営業の適性

 たまにどんな仕事をしているのかと聞かれる時、あるいは何かの申込書やアンケートに職業記入欄があった時、私は『自営業』と答えることが多い。これは『会社員』と同じく具体的に何をやっているのかに触れない回答だから、なかなか使いやすい答えだと思う。

 自営業と言ってもその具体的な業種とか仕事内容は千差万別な訳で、何かの仕事を選択した結果がたまたま自営業だった人もいれば、会社組織とか被雇用者という身分から抜け出したいと思って自営業を選ぶ人もいると思う。

 私自身はかなり昔から何となく「将来働くなら自営業がいい」と思っていたが、実際には学生アルバイト時代を含め、社会に出てからしばらくは被雇用者としてお金を稼いでいた。特に何の才覚も人脈もノウハウも持たなければ大抵はそうなるだろう。いざ働いてみれば自営業かどうかなんて意識することもなく、当時は目の前の具体的な業務内容とか人間関係の方に関心が向いていたし、働きたいと思えばその頃の私にとっては雇われることがほとんど唯一の手段だった。

 諸事情があって、私は大学卒業後に新卒でどこかの会社に就職しなかった。だから私の社会人生活はアルバイトから始まった。いわゆるフリーターという状態だ。

 そうやって働きながら、働くことは面白いな、と思うようになった。アルバイトでこんなに面白いのなら、正社員になってもっと責任を与えられたらもっと面白いのだろうと思って、就職することにした。

 私は新卒で就職しなかったし、その時点で特に目立ったスキルも持っていなかったので、そこから就職活動しても大企業に入社できる可能性はゼロに近かった。大企業であればキャリアパスに関する制度がしっかりしているから、社内にいながら様々な経験を積んで必要な知識や能力を身に付け、徐々に大きな責任を担うようになって同時に収入も増えていくだろうけど、私はその方法を取ることができないので、転職によって経験を積み収入を増やしていくしかないと思っていた。

 最初に就職を意識した時にとりあえず興味を持った資格をいくつか取ったが、そのうちのひとつが面白かったのでその道に進もうと思った。

 実際に就職してからも、今後のキャリア形成は転職を前提にするのだから、自分の得た職務経験や能力は目に見える(履歴書に書ける)形にする必要があると考えて、経験した業務に関連する資格は取得するようにした。

 その後、何回も転職した。その頃にはまだ「転職回数が多いことは良くない」と考える風潮もあったが、後ろ向きな理由で退職したことはなかったのと、履歴書の資格欄が徐々に充実していったので(あと若かったので)、それほど転職には困らなかった。といっても何度も不採用になったし、志望する業務と別の仕事をしたこともある(それも経験と前向きに考えたし、実際に多くの新しいことを学んだ)。それでも全体的に見れば、私は転職することによって仕事内容や待遇を徐々に向上させることができていた。最初の数回は就職活動をしたが、後半の数回は紹介や引抜きで転職した。

 何回目かで転職した時、私はその会社で自分の専門知識を生かせる業務を担当することになり、前任者が引継ぎを終えて退職した後、もう私に上司はいなかった(経営者を除く)。私が中心となってその業務を回した。とても楽しかったし遣り甲斐もあった。毎年万単位で昇給していった(と言っても結局4年弱しかいなかったのと、いずれ数千円程度に落ち着くことは分かっていたが)。そして何年目かのある時、ふと思った。こうやって少しずつ昇給していったとしても、定年までの毎年の年収って大体予想できる。それって何かつまらないな、と。

 そして、昔「自営業がいい」と考えていたことを思い出した。自分の望む職を手に入れた気がしていったんは腰を落ち着けかけていたが、結局その後、更にいくつか職場を変えながら専門知識をより向上させ、数年後、私は独立開業して『自営業者』になった。

 思い返せば、社会に出て間もない頃に「働くことは面白い」と思えたこと、自分がそう思える質だったということは、今考えればとても幸運なことだったと思う。そういう価値観は性格や環境に影響を受けると思うが、もし働くのが嫌いだったとしたら、それを努力で変えようと思っても多分かなり難しい。私自身について言えば、働くことを前向きに捉えられたことは、それ以降今に至るまで私のQOLの維持向上にこの上なく役に立った。そうでなかったら、生活時間の大部分を「嫌だな」「つまらないな」と思いながら過ごすことになるし、仕事を通じて自分の能力を向上させることにも関心を持ちにくいだろうし、結果として収入も増えにくかっただろうと思うからだ。

 また、「安定」と言える状態を何となくつまらないと感じた、そういう私の価値観は自営業に向いていた。一般的に考えれば、自営業には会社員ほどの安定はない。一年後の収入だって分からない。でも上手くいけば会社員時代の年収を大幅に上回ることもある。私にとってはその状態(会社員時代の年収を上回ることではなく、上回るかもしれないという希望を持てること、そこに常に可能性があること)の方が落ち着けた。

 逆に、定年までの年収を予想できる状態の方が落ち着く、という人もいるのだろうと思う。そういうのは端的に適性の問題であって、どちらが良いというものではないが、何となく自分にとって居心地が良い方に向かっていけば自然と適性のある形にまとまるのかもしれない。収入の多寡は幸福度には直結しないけど、自分にとって落ち着ける状況にあるかどうかはおそらくかなり深く関係する。だからそちらを優先する方が良いのだろうと思う。

 思えば、何度も転職した身の軽さも、半分はこの自営業志向的価値観ゆえだったようにも思える(あと半分は若さだろう)。新卒として就職もしなかったし、「こうすべき」という世間一般の価値観には必ずしも合致していない道を通ってきたが、おかげでそれに縛られることもなかった。そして私は、私に向いている形でそれなりのキャリアを形成した。

 今、私はこうしてセミリタイアっぽい生活を送っているが、今だって一年後の年収は分からない。減っているかもしれないし、増えているかもしれない。だからマネープランだって収入の部は目安程度にしか立てられないが、それはセミリタイア前と特に変わらないから、まあそれでいいかと思っている。

 まだセミリタイア直前の疲弊が完全には癒されていないけれど、しばらくこうやって休めば、また働くことを前向きに捉えられるような状態に戻るかもしれない。そうすれば、今ある取引先を失って別の仕事を増やさなければいけなくなっても、多分それなりに幸せに生きていけると思う。そして、私にとってはおそらくそれが一番のリスクヘッジになる。

 もちろん、以前のように毎日何時間も働く生活には戻りたくないけれど。

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