打ちのめされるようなすごい本

 昔はよく本を読んでいた。

 ある本を面白いと思ったらその著者の本を片端から読み、著者が好きだという別の作家の本を読み、文中で紹介されている本を読み、または知人・著名人問わず誰かが面白いと勧めていたら試しに読み、たまには本屋さんでジャケ買いして読み、という形で、常に未知の本との出会いを探していた。

 だから、この『打ちのめされるようなすごい本』という本書のタイトルを見た時も、すぐに購入した。

 ところが、今も昔も読む本より買う本の方が多かったため、結局その後十年以上ずっと積んでいた。

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 今オーディブルを利用しているが、5年以上前にも一度利用したことがある。
 その時、何気なく米原万里著『噓つきアーニャの真っ赤な真実』を読んだ(正確には「聴いた」訳だが、今後は「読む」で統一する)。

 少女時代をロシア※で過ごした著者の思い出や経験を綴った作品だったのだけど、まるで創られた物語のようなドラマティックな展開で物凄く面白かったので、読み終わるとすぐに作家買いモードに突入した。
 彼女の名前で検索して買い集めたエッセイはどれもとても面白かった。
(※よく読んだら違った。チェコのプラハのソビエト学校に通っていたのだった。)

 そしてある日気付いたのだけど、冒頭に書いた、ずっと本棚に入れたまま頭の片隅にあった『打ちのめされるようなすごい本』が、これもまた米原万里さんの本なのだった。

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 で、先日オーディブルの蔵書を検索していてこの本を見つけたので、聴き始めた。

 彼女は初等教育をロシアで受けた帰国子女だし、同時通訳という仕事柄、たくさんの要人や著名人とも面識がある(作中に小泉元首相に嫌みを言うエピソードもあった)。日本国内しか知らない私に比べて視点や興味の対象もグローバルで、そういう知識や経験や教養が滲み出ているのだろう。この本に紹介されている本は彼女の興味の赴くままに読んだもののようだけど、かなり幅広いなと思ったし、量自体も多い。彼女の感想や批評も「へーそうやって読むのか」と思うこともしばしばだった。(少しだけ「私の今までの読書体験は何だったのだろう」と思わないでもなかったが、自分を卑下しても仕方ないのでそこで止めた。)

 この本を最初に買ったあの頃、自分がまだ読書に対して熱心に取り組んでいた頃にすぐにページを開いて読んでいたら、これをきっかけにしてどれだけ素晴らしい本を実際に読めていたのだろうと思うとその機会損失を悔やむ気持ちもあるが、こればかりは仕方がない。

 ここ数年は読書時間が激減する一方で、ようやくオーディオブックの形で再開できたところなのだけど、今後また読書熱が高まった時のために、この本のことを覚えておくことにする。

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 なお、私が米原万里さんのファンになった時、残念ながら彼女は既に亡くなっていた。

 何となく得た知識では、がんに罹患し、医学的に一般的な治療(放射線とか抗がん剤とか)を拒否して民間療法を試みたが、甲斐なく亡くなったみたいだった。

 この本を読み進めていると、中盤でがんが見つかったことが書かれていた。闘病の時期と連載の時期が重なっていたようだ。

 私自身はあまり詳しくないながらも『民間療法=胡散臭い』というイメージがどうしても払拭できず、著者のような得難い人が早すぎる死を迎えたことが残念でならず、こんな頭の良い人がどうして、という感想をずっと持っていたのだけど、がんに関する記述の序盤で早々に民間療法を除外するくだりがあったので、ああ妄信していた訳ではなかったのか、と知った。

 そうではなく、一度は抗がん剤治療も放射線治療も試してみた結果、その体験があまりにも辛かったので「もうやりたくない、やらずにすむ治療法は」と探し始めたみたいだった。

 そして読書家の著者は片っ端からがん治療の本を読み、(死因第1位だけあって膨大な量の本が出版されているとのこと)、その中でこれはと思うものを試してみたり、独自療法を実践している医師のクリニックを訪ねてみたりしていた。(その顛末はこの本にも収められている。)
 新しく知った治療法を試しながらも常に冷静に観察し、生まれた疑問は医師にぶつけてしまい「治療費は返金するからもう来るな」と言われたりしていた。

 当たり前だけど、この闘病記の結末を私は既に知っているし、そしてこの本の中にそれが著者自身によって書かれていることは絶対にない。

 そう考えると、暗い気持ちになる。

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 この本の中で紹介されている本は国内の作品や海外(様々な国)の作品、小説やノンフィクション、エッセイ、新書など本当に多岐にわたる。その中でもやっぱり多少はロシアに関するものが多い気もする。

 だから、おりしもロシアとウクライナの間で争いが生じている今、もし著者が永らえてこの戦争を目にしていたら、どういう言葉を発したのだろうか、などと思ったりする。
 この戦争とその背景について彼女がどのように考えるのか、読んでみたかった。