内向的インドア派も旅をすべし

 旅行というと、子供の頃は学校行事以外ではあまり行くことはなかった。

 大学生くらいになって多少のお金を遣えるようになると、サークルやゼミ、友達同士などで旅行する機会も生じるようになった。

 社会人になると、金銭的には更に容易に旅をすることができるようになった。そしてその増えた回数分のうちの何割かに、少しずつ一人旅が含まれるようになってきた。友達と「旅行しよう」という話になって旅行する場合には当然それぞれの都合を合わせて計画を立てるので問題はないのだけれど、逆に「これがしたい」という目的が先にあって旅行する場合には、その目的を共有できる友達を探すのは社会人となった状況ではなかなか難しく、それなら一人で行けばよいということになったのである。

 といって特に旅行が好きという訳でもなく、たまに何か興味のある情報を得た時に実際に見に行ってみるという程度だったし、仕事の合間に行くので短期間の国内旅行が殆どだった。更に言えば、旅先で友人ができるといったことも皆無だった。人見知りであるとか一人を好むとかそういう理由ではなく、目的を決めたらそれだけのための計画を立てていたため、合間に人との出逢いを楽しもうといったゆとりが精神的にも旅の行程にも含まれていなかったのだと思う(もちろん、人見知りではないにせよ、旅先で偶然知り合った人を友人にできるだけの社交性も身についていなかったのだが)。

 なので、その頃の私にとって旅行というものは、旅先の風景や寺社仏閣や街並みを見たり、郷土料理を食べたり、その土地の文化を体験したりするもので、それは一人であっても誰かと一緒であっても同じだった。

 転機になったのが、少し前に参加したとある企画ものの海外ツアーだった。

 当初は共通の趣味を持つ知人と二人で参加するつもりだったのだが、知人の都合が合わずに私一人で参加することになった。もともと一人で旅行することには抵抗がなかったし、当時の私はその趣味にかなりのめりこんでいたため、一人だったらやめておこうとは全く思わなかったのである。

 ただ今までと異なっていたのは、いつもなら初めから終わりまで一人で行動するのに、その旅行はツアーだったため、基本的に団体行動だったことである。企画ツアーの参加者なので同じ趣味を持っていることは共通しているのだが、参加者の多くは家族や友人同士など複数名で参加しており、バスの中などでもそれぞれが会話している中で一人でいることに当初は少し居心地の悪い思いもした。

 しかし、日が進むにつれて少しずつ言葉を交わす顔見知りもできてきた。もともとお互いに趣味を共有していることも分かっているので話も盛り上がったりして、そういうちょっとした会話が徐々に楽しくなってきた。また現地でのガイドさんともある程度の時間話す機会などもあり、現地の文化などについて質問したりもして、とにかく「旅先で知り合った見知らぬ他人」と言葉を交わす機会を多く持った。これは、それまでの一人旅では全く経験してこなかったことだった。

 残念ながら対人スキルがそれほど高くないため、その人達と旅行中に会話を楽しむことはできても、連絡先を交換するところまではいかなかった(本当は何人かとは帰国後も引き続き趣味の話をできればいいなとは思ったが、こちらから申し出るだけの勇気はなかったし、向こうからも申し出はなかった)が、それでももしかしてこの先、その趣味のイベント会場などでたまたま再会することがあるかもしれないと思って、そんな偶然を心の片隅で少し楽しみにしていたりする。

 そしてこの旅で思ったのが、もし当初の予定どおり知人と一緒に参加していたとしたら、そういう人達とは殆ど会話をすることもなく、知人とだけ話して趣味を楽しんでいただろうなということである。それはそれで楽しかっただろうと思うけど、この旅では今までとは全く違うことを経験することができた。しかも海外を一人で旅するのもほぼ初めての経験であり、誰に頼ることもなく、現地の人と言葉が伝わらなかったり、または自分のつたない英語で何とか伝えることができたりしたことも、それだけで何かとても楽しかったような気分になった。

 この度の経験を経て、私にとっての旅行の目的は、従来のように何かを見たり体験したりするだけではなく、「言葉の通じない中で一人で行動すること」が新たに加わった。極論を言えば旅先に特に目当てのものがなくてもよく、ただ日本語の通じない場所で一人で行動し、現地の人と何とかコミュニケーションを取ることで、新しい何かを得ることができ、終わった後に自己肯定感が少し上がったりする。考えてみたらこれこそが旅の醍醐味ではないかとすら思えてくる。だから、今後は海外での一人旅の経験を増やしていきたいと、今のところは思っている。

 とそう思ったので、実際に、少し前に一人で某国を旅行してきた。旅費を安く上げるために何泊かはシェアルームに泊まったのだが、そこでポーランドの人と同室になった。2泊程度だったけれど、一緒に朝食を取ったり、お互いの目的地が合致した日の何時間かだけ一緒に道を歩きながら、いろんなことを話した。

 私は全部で一週間程度の旅だったが、彼女は一か月ほどその国を周遊して回るとのことだった。その期間の違いに、やっぱり日本では社会人は休みが取りにくいんだなと思ったが、逆に、休みがそんなに長ければ、旅行でもしなければどうしようもないのかもしれないとちょっと思った。(そのことを彼女に聞いてみたかったのだけど機会がなかった。)私の方が一日早くチェックアウトすることになっていたので、最後の朝食を一緒にとり、やはりその時も連絡先等を交換することはなくその場で別れた。

 その頃はまだその国ではコロナ騒ぎはほとんど盛り上がっていなかったのだけど、私が帰国した後に混乱が全世界に広がり、その国も渡航制限を行うようになってきた。私の乗って帰ってきた飛行機も、数日後であれば就航休止となっていたところである。そのポーランドの彼女は、話をした時には3月24日に某都市からの飛行機で帰国すると言っていたのだが、計画どおりであれば今日の時点でまだその国にいるはずである。しかし計画どおりその国にいたとしたら、おそらく現時点では帰国がとても困難になっているのではないかと思う。彼女はどうしたのだろうか、と何回か思い出したが、まあ旅慣れている彼女のことだから、必要な情報を入手してしかるべく行動していることと思う。

 さて、ここでようやくセミリタイアの話と結びつくのだが、セミリタイアした今の状況は、いわば大学生の頃と同じである。つまり、金銭面では余裕はないが時間的には余裕がある。フルリタイアではなくセミリタイアなので1か月以上仕事を休むのは依然として難しいが、それでも何週間かの旅に出ようと思えば、時間的には充分可能な状況となった。

 セミリタイア前ほどの潤沢な予算は採れなくても、これからも年に一回くらいは海外一人旅をしたいと思う。しかも今までにないくらい長い期間、放浪と言えるくらい無計画な旅をしてみるのもよいかもしれない。そうしたらまた新しい何か、あるいは新しい自分の一面を見ることができるかもしれないし、価値観も少しずつ変えていくことができるかもしれない。

 また、セミリタイア後の目標のひとつだった英語の勉強も、今はまだ取り掛かれていないが、潤沢な自由時間を利用して集中的に取り組みたい。そして旅先でのちょっとした交流をもっと楽しんでみたい。